賛否あっていいと思いますよ。大勢の人は初めて出くわした場面だったでしょうし。ただね、事実として言えるのは、フェアプレーを美徳とし実際そのフェアプレーの蓄積のおかげでノックアウト16に進めた。しかし、その試合運びは、あまりにも疑問だらけで未だに頭の整理がつかない、のはこちら側の事実でもある、ということです。

まず、なんのためのスタメン入れ替えだったのか?突破が決まっているならあたりまえに受け止められるが、引き分け以上を求められる崖っぷちで半分を入れ替えた理由がわからない。しかも、ここまでは負けなしできているのにだ。案の定初スタメンに連ねた選手たちのパフォーマンスたるやフレッシュさを感じることもないまま、これまたあたりまえの交代を余儀なくされた。

つまり、この一戦に向かうモチベーションは一体なんだったのか? 相手のモチベーションは勝つことにあった。日本ははっきりしないまま試合に入って、とゆうか、選手間におおきな温度差があったように思え、チームからディシプリンが置き去りになってしまったような感じさえした。

そして、最後あの8分。アタッカーを下げて長谷部選手が交代で入ったとき、あー、一か八かの負け、を選んだな、と思ったのは勿論わたしだけではないだろう。このあたりから、負けを選択するという理解不能なまとまりがピッチに出始めたのは皮肉だったが。

相手には勝ちをプレゼントし、自分たちは負けを得る。それがウィンウィンだった。そのために8分間お互いの同意を得たうえでの徹底した球回し。第三国のブーイングの嵐を背に受けながらも愚直なまでにボールは前に飛ばさない。イエローカードの少ないフェアプレーチームが、フェアじゃない戦術を選びひたすら敗戦に向けて必死に頑張った。負けを選び結果を出した。なんとも不思議な一戦ではあったが釈然としない思いがある一方、ここにあの教訓が生かされているとすれば腑にも落ちる。

しつこいくらいに登場する25年前のカタールドーハでの、悲劇。日本が悲願のワールドカップ初出場を果たすまでラスト秒読み段階。その状況で日本がとった手段は、なんとなく攻める、であった。それは、ハンス・オフトの指示であったか高揚したピッチ内の選手たちの判断であったのかはわからないが、スタンドのわれわれもそうした姿勢が当然だと思ってボールの流れが時計を進めれるのだと信じていた。その挙句カウンターをくらい知る結果になってしまった。もし、もしあのとき、今のように選手が世界を知っていたら、あるいは戦い方、時間の使い方は違っていただろうと思う。

これは日本サッカーの「成長」と言わざるを得まい。負けを選ぶために徹底して時間を相手に渡さない。しかも、ともすれば他会場の結果が8分間の球回しを見殺しにする可能性もあった中で選択した戦術を選手は具現した。

そんな話になるようなら、ここはひとりのサポーターとして嫌味はやめて純粋にもう一つ試合が観れるという喜びを優先しようか(笑)

ただ、最後に、もしつぎの試合でGODIVAのベルギーに破壊されたら、勝負に出た8分間は単なるブーイングで終わってしまうことは間違いない。だから、あれはしっかりした戦術であった、と証明するためには、ベルギーには堂々と真っ向勝負を挑みさらに勝つしかない。

結局、ベスト16が目標でした、なんて小さいことを言ってる限りこれが限界なんじゃないのか、という悪評を跳ね返す力がいまのジャパンにあるのか、あるいは、真の16強の仲間入りを果たす実力は備わっているのかは、翌戦の終了を待って判断したい。

頑張れニッポン!

なんだかんだと言いながらも、最後はこうなっちゃう自分もまた、勝つためには手段を選ばないサポーターのひとりなのか?(笑)

みなさん、今日からコーヒー豆はコロンビア産に。それでもまだまだ感謝しきれないね。初戦からお世話になりっぱなしでなんとお礼を言っていいやら。

明日からは決勝トーナメント。ロシア大会も佳境に入ってくる。ここから決勝までの15試合。果たしてどんなドラマが待っているのか。あんなルーズな演出は一度見れば充分。激しい攻防戦に知的な心理戦。ドイツが消えたのは残念だが、ほぼ順当な勝ち上がりで予想が出来ないほどだ。それがまたすごく嬉しい(笑)